目指すは宇宙品質!〜我が社の経営に対する考え方と、ビジョン〜

ISS撮影地球

私は、小学生のころ「宇宙戦艦ヤマト」や「スターウォーズ」などの影響を受け未知の世界である宇宙や大空にとても大きな魅力を感じました。そして、将来は「宇宙飛行士になりたい!」と夢見るようになっていました。

時は流れ、大学生になりその頃の日本は、バブル景気を迎え、浮足立った社会の中で金銭的な感覚が麻痺し、金銭だけでなく物事全てにおいて価値観がおかしい時代に私は大学生活を過ごし、日本はバブル崩壊を迎えました。感覚が麻痺した多くの人々はその現状をすぐには受け入れられずに、またすぐにあの時代が戻ってくると考えていました。幸いにも私は都心でなく山の上にある理系の大学の校舎に通っていましたので、派手な学生生活を送っていたのではなかった分、残念ながらバブルの波に乗ることが出来てはいませんでした。

外観

そんな中、就職を迎えたとき、いったい自分は何をやりたいのかが見えなくなっていました。父が工場を経営していたので、周りからも(小さいながらも)「将来は社長じゃん」などと言われていたので、いずれは家を継ぐ、という気持ちが自分の中にありました。ですので就職先には、その勉強をするために工作機械メーカーを選定し、父に後を継ぐ意思を伝えました。

 

自分がモノづくりの現場に入る決心をした一つの理由は、自分のやりたいことは何か、という問い掛けをした結果でした。明確なビジョンもないまま過ごしてきた学生生活、そしてその時、将来と向き合い真っ先に浮かんだものは、自分があこがれていた、幼いころの「夢」でした。夢に向かって何もしなければただの絵に描いた餅に終わってしまいます。行動しない自分が夢を遠ざけていました。宇宙飛行士になる為の知識の習得や語学の勉強、やらなければならない理由がはっきりしているのにやらなかった。それが夢を手につかめない最大の理由だと気づきました。

 

そしてこれから、ものづくりに携わっていくからには、「自分で加工した部品を宇宙に飛ばす!」という決心をして家業に就いたのです。

 

当時の我が社は、社長と工場長と私の三名で切り盛りしているいわゆる弱小の町工場でした。それでも「夢」がありますから、私は航空宇宙関連の企業はどこか調べ、三菱重工・石川島播磨重工(現在IHI)・NASDA(現在JAXA)に電話営業や、会社案内の送付などで営業をしかけました。当然ながら、すぐに自分の会社の実力を思い知らされました。そして、次なる攻め手を欠いたまま、いつの間にか日々の仕事に追われる毎日を過ごしていました。

 

そんな時、中途採用したY君と食事をすることがあり、自分のものづくりに対する気持ちと夢を話したこととがありました。すると彼から思いもかけない言葉が返ってきました。「専務はいいですね、夢があって。自分には夢というものがないんです。」(その頃私の役職は専務でした)この「夢がない」という言葉が最初、理解できませんでした。私は、人は誰もが生きがいや夢を持ち、それを追い求めて生きているものだと思っていたからです。壮大な夢でなくとも、あんなものが欲しい、あんな所に住みたい、こんな人と結婚したい、いつかあんな人間になってやる、など、様々な欲求があるものだと思っていました。しかし、彼にはそんなものも見つからないというのです。彼は人柄も良く、二枚目で、背も高く私から見れば、うらやましい物をたくさん持っていました。彼の実家は自営業でしたが、次男でしたので家には入らず私どもの会社に来てくれたのでした。彼は私よりも10才ほど年下ですので青春時代は不況のどん底を過ごしてきたのでした。一番多感な時に日本は夢や希望のない暗い時代だったのです。その時代背景の中で自分を押し殺し、夢のない世代がたくさん生まれてしまったのでした。

 

「何もなければ、俺と同じ夢を追いかけてみようよ!」そうも言ってみましたが、彼は、それから1年もしないうちに我が社を去って行きました。その頃は、人がなかなか定着せず、経営者としての自分に魅力がないから人は付いてこないのだと反省しました。それからは、経営の勉強や、様々な経営者と会って自分に足りないものを吸収しようといろいろな人と交流を広げ人間的な学びをもらいました。

 

そして、それと同時に、自分の夢を社員に伝えようと決めました。

 

uchida_rocketその年の年度末、来期の方針を発表するときに、(まだ社員は5名でしたが)次年度の目標の最後に「宇宙産業への参入」という文言を付け加えました。そして自分の入社時の想いを初めて社員全員に伝えることが出来ました。みんなはピンとこなったようですが、自分にはスイッチが入りました。私の座右の銘でもある「有言実行」。言葉にしたら何が何でもやる。そういう風に気持ちが入ると不思議なもので、ある商談の席で、まさにロケットのエンジンを担当している技術の方と会うことが出来たのです。私は会社の技術の事よりも、自分がどんな思いで、モノづくりをしているかを夢と共に語りました。そのことを気に入ってくれたのかどうかはわかりませんが一度、お客様の会社に訪問させていただくチャンスをもらうことが出来ました。それからは宇宙の神様がついているかのように話がトントンと進み、気付けば、そのメーカー様と直接取引が出来るようになっていました。そして、現在も継続して日本の基幹ロケットである、H2A,Bロケットのエンジン部品の加工に携わらせていただくことになったのです。

「強い想いを持ち、まっすぐ行動すれば、必ず夢は叶う!」実体験から私はそう思います。

 

宇宙は手に届かない存在かもしれませんが、現在は我が社で手掛けた部品が次々に宇宙へと飛び立っています。一度飛び立ってしまえば人が手を付けることが出来ない部品です。ですから、品質は厳しく要求されます。それに応えるために我々も最高の製品に最高の技術で応える努力をしています。そして常に成長し続けていかなければなりません。こんなチャンスに恵まれたことに心から感謝するとともに常に進化し続けることに責任を感じています。宇宙に求められる妥協しないモノづくりを、我々は「宇宙品質」と呼んでいます。未知の世界へ挑戦する行動そのものが、「宇宙品質」です。
つまり、製品の品質だけでなく、働く社員一人ひとりが日々成長しお客様の要求以上の技能を磨き、自らの夢・目標を持ち生き生きと働く集団として人生の品質を高める。その場所が内田精研でありたい、そんな会社にしたい、人・組織・製品、全てをひっくるめて目指しているところが、私の考える「宇宙品質」の意味するところなのです。
内田精研は、夢を形にし、常に進化し続けることで社会に貢献し、そして働く社員さんが、明るい未来に向かって情熱あふれ、物心両面の幸福を手にできる会社を目指します。

 

その目的を達成させる為に、私には、個人的な三つのビジョンがあります。

 

1、 NASAのパートナーになる。
2、 F1マシンの部品加工に参加する。
3、 人工関節を作る

 

この夢を実現させることで会社を活性化させ、日本のものづくりが元気になると信じ、これからも≪未来つくり  夢つくり≫の経営理念のもと走り続けていきます。

 

内田精研有限会社

代表取締役社長 内田行彦

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